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生井俊の目線。

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3.11対応に学ぶオリエンタルランドのBCP。

東日本大震災以降、注目されているBCP(事業継続計画)。

ディズニーリゾートに代表される理念共感型の感動経営手法や、その落とし込みについてお話する機会が多い。「きれいごと」と思われがちだった理念共感型の会社が増え、成功事例が浸透していく中で、これまでのマネジメント手法で行き詰まりを感じている企業、病院、自治体が、ようやく本腰を入れて学ぼうとしている。その流れはいいことだが、学び方も変える必要があることに、なかなか気づけない経営者も多い。そこを、講演では強調してお伝えする。知識ではなく、智慧をつかんでほしいと。

ディズニーの教育はシンプル。知識ではなく、智慧をつかませる。キャスト(従業員)の感覚としては、智慧というより、体感といったほうがいいかも知れない。その成果は、3.11の震災対応に、如実に表れた。ディズニーの震災対応から医療安全を考えたいとか、形式上ではなく活用できるBCPをつくりたい、自らが判断し行動できるスタッフを育てたいという講演・研修依頼が、今なお増えていることから、3年前に寄稿した記事だが、ご紹介したい。参考になれば、なにより。

ディズニーの安全神話と震災後の対応

作家 生井  俊 

 

2011年3月11日、東日本を襲った大地震。その時、東京ディズニーリゾート(TDR)は約7万人のお客様(ゲスト)でごった返していた。にもかかわらず、ディズニーランド、ディズニーシーともに、死者・けが人ともにゼロ。本社から細かな指示がない中で、従業員(キャスト)は、ゲストの安全を守るためにいかに判断し、どう冷静に誘導したのか。

 

自らが判断し、行動できる人財を育てるディズニー教育のエッセンスを、大地震の対応を振り返る。

 


アルバイトが冷静に指示

 

午後2時46分頃、マグニチュード9・0の巨大地震が発生。TDRのある浦安市では、震度5強の揺れを観測した。東京ディズニーシー(TDS)では、水上で行われるショー「レジェンド・オブ・ミシカ」が上演中で、その様子が動画サイト「ユーチューブ」にアップロードされている。

 

ある動画には、激しい揺れと共に、スピーカーが取り付けられた柱が倒れていくのが映っている。また、別の動画からは、キャストが頭を抱えて座るよう指示し、ゲストがそれに従っている様子がうかがえる。

 

確かに、音響設備やアトラクションの一部に損壊があった。しかし、ゲストもキャストも取り乱すことなく、冷静に対応していた背景には、ディズニーの安全神話が貢献している。例を挙げると、巨大地震がきても、建物は倒壊しないよう地盤改良含め行われているし、アトラクションの乗り物が脱線したり、シャンデリアが落ちたりしないよう設計されている。もちろん、完璧などあるわけないが、完璧を目指す企業であることは、そこで働くキャストが一番よく知っている。

 

今回、TDRが想定していた災害対応と大きく異なる部分もあった。夕方から雨が降り始めたことと、駐車場や園外の道路が液状化現象により、通行が困難になったことだ。このように、時々刻々と状況が変化する中、キャストは安全第一に行動・指示し、また、臨機応変に判断を下す場面も多くあった。想定外だった夕方以降の対応については、後半で取り上げる。

 

それら大事な判断を担ったキャスト、実は約9割が大学生を中心としたアルバイトだ。時給1000円程度で働く彼らは、自分も被災しながら、どうしてゲスト対応に注力できたのだろうか。

 

 

安全第一と避難訓練

 

キャストが冷静だった理由の1つに、園内(オンステージ)では、ディズニーキャストとして「役割を演じる」という使命がある。

 

また、安全に行動できた理由として、ディズニーが大切にする安全第一の考えと、TDRで年間180回近く行われる避難訓練が挙げられる。

 

避難訓練は、開園(オープン)前や終園(クローズ)後を中心に、セクションやエリア、時には全体にわたる大規模なものが行われる。平日勤務で、オープンやクローズに関わるキャストなら、年に2、3回、避難訓練に参加する機会がある。そこで、屋内待避の指示など、「3つのステージ」(状況)に応じた行動制限を、身体にたたき込んでいく。

 

それにより、今回のように本社や社員から指示のない状況でも、キャストはすぐに「手で頭を抱えて、しゃがみ込むこと」を指示・徹底できた。

 

ディズニーには「SCSE」という行動指針があり、最初のS(セイフティ)を最優先すると研修初日から学んできている。だからこそ、安全への意識が高い。ちなみに、SCSEとは、S=安全性、C=礼儀正しさ、S=ショー、E=効率を意味している。

 

 

園外に出られなかったワケ

 

すべてが順調だったのかといえば、そうではない。たとえば、建物の安全性を確認するため屋外待避に切り替わると、安全確認ができたトイレだけしか利用できなくなり、長時間にわたり混雑した。

 

また、ケータイやワンセグ(テレビ)から、被災地だけでなくTDRの様子が刻々と伝わってくる。それにより、最新の情報を持っているのは、TDRのキャストではなく、ゲストという逆転現象が起こり始めた。

 

安否を心配した家族からの電話やメールを受けたゲストは、帰路を急いだ。だが、園外に出るためにはショッピングアーケードの「ワールドバザール」を通る必要がある。ここが通行禁止になったため、園外に出ることができなくなった。修学旅行生を連れた旅行会社から強いクレームも受けたキャストもいたようだ。

 

「安全が確保できない」という理由で、原則、園外に出られなかったが、実際には「そんなもの、保証されなくていい」と突っぱねて、帰宅したゲストもいる。ゲストをすぐに帰宅させなかったのは、TDRにいる以上は、運営会社のオリエンタルランドが、ゲストの安全を最後まで確保するという考えによるものである。

 

ここからは、想定外の状況で従業員(キャスト)が機転を利かした事例と、TDR再開までのエピソードを紹介する。

 

現場で最大限の努力を

 

3月11日の夕方からは、雨が降り始めた。安全確認のため、建物の外に出されたお客様(ゲスト)に、容赦なく冷たい雨が降る。

 

風雨や寒さをしのぐために、ビニール袋やブルーシート、ダンボール、レインコートが手渡された。キャラクターグッズを販売する店舗にいたキャストは、震災直後から商品のぬいぐるみを無償で提供、これで頭を守るように指示した。

 

ビニール袋やぬいぐるみなどの配布は、本社からの指示ではなく、アルバイトが判断して始めたこと。現場に権限委譲するだけでなく、安全確保を優先させるためなら、自社で販売している商品を使ってもかまわないわけだ。そこを理解し、マニュアルを超えた対応ができるところに、ディズニーのキャスト教育のすごさがある。

 

安全確認が取れた建物が増えてくると、まずは、お年寄りと子どもたちを優先的に案内し、暖がとれるようにした。東京ディズニーシー(TDS)の入園者数が少なかったこともあり、東京ディズニーランドにいた一部は、通常は立ち入りできない「バックステージ」を通って、TDSへ案内とされた。併設するホテルのロビーなどが解放され、多くの人が建物内に入れるようなった。

 

食事や飲み物だが、主要インフラが止まったため、園内で販売されているお菓子がまず配布された。これもアルバイトの判断から始まったこと。それに続き、ポップコーンや飲み物が配られ、深夜には、非常食のひじきご飯やあたたかいスープが提供された。

 

TDRで一夜を越したゲストは約2万人。早朝になり、電車が動き始めると、徐々にゲストも帰宅の途につき始めた。

 

 

壁一面のゲストレター

 

TDRの再開までの35日間、仕事がキャンセルになったキャスト。多くは、被災地の地元、浦安市に貢献したいとボランティア活動に汗を流した。もちろん、1カ月仕事がなかったわけで、契約更新を機に、TDRから去った者も少なくない。それが実に残念だ。

 

4月15日、東京ディズニーランド、1カ月ぶりに再開。キャストは、いつものようにオフィスへ行くと、壁一面にゲストレターが張り出されていた。その多くは震災の一夜を共にしたゲストからのもの。

 

ゲストレターの多くに書かれていたのが、キャストが本分を忘れず、最後までゲスト対応してくれたことへの感謝の言葉。

 

確かに、キャスト自身も被災者。それでも、与えられた役割を演じ続けた。キャストの明るい声がけが、まわりにいるゲストの励みになった。過酷な状況で一夜を過ごすことになっても、その声がけや親切な対応により、印象を感動レベルまでに引き上げた。

 

ゲストレターの中には、米国のディズニー本社からのみならず、関西のテーマパーク、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンのクルー(従業員)からのメッセージも。あるキャストは、「これだけ多くの人たちが応援してくれるのだと知り、胸にこみ上げてくるものがあった」と言う。

 

 

「すべての基本は人」

 

午前7時55分、予定より5分早く開園。多くのキャストと、背広を着た幹部社員がワールドバザールに並び、ゲストを出迎えた。

 

そこにあったのは、ゲストの笑顔、笑顔、笑顔。

 

ゲストも、キャストも、だれもがこの瞬間を待ち焦がれていた。活気あふれる、いつものTDLが戻ってきた。

 

一方で、震災当日に勤務していたキャストが、一夜を共にしたゲストを見かけ、手を取り合い、涙する場面も。震災があった一夜は特別で、忘れられない時間。それを通して、ゲストもキャストも強くなった。

 

ディズニーキャストのゲスト対応の素晴らしさ。「SCSE」のようなシンプルな行動指針と日々の徹底、年間180回繰り返し行われる避難訓練など、さまざまな要因がある。特に、9割がアルバイトであっても、キャストの判断する余地を残していること、提案を受け入れる柔軟な社風があることが大きいのではないだろうか。

 

ウォルト・ディズニーは、「すべての基本は人にある(It Takes People)」と常々言っていた。その理念は、今もディズニーキャストの心に刻み込まれている。震災の一夜を乗り越えたことで、キャストはウォルトが大切にした血の通ったゲスト対応の意味をより強く感じた。そう、すべての基本は「人」にあり、人としてどう向き合ったかが、今回の対応にきれいに映し出されていた。私も、しっかり心に留めておきたいと思う。

 

日本生産性本部発行「生産性新聞」2011年6月25日号、7月5日号掲載

※ブログ掲載にあたり、一部改変。

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by ikushun | 2014-04-25 01:58 | 仕事

著書『高校生でもプロ意識が生まれる ディズニーランド 3つの教育コンセプト』『本当にあった ホテルの素敵なサービス物語』ほか。連絡先:ikuishun@gmail.com


by ikushun